多聞寺の歴史
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  • ■多聞寺の歴史

    多聞寺の歴史

    「日蓮聖人弟子大浦坊日祐聖人正中二乙丑年(1325年)3月建設」と『県寺明細』にあり、これをはじまりとしています。

    一方伝説では文永元年(1264年)8月、日蓮大聖人鎌倉遊学より故郷小湊へお帰りの途中の夕刻、浜荻の地にさしかかれた際、美しき童子が大聖人の御前にあらわれ 「一夜の宿をご供養申し上げます。」と大聖人を当寺に導き、住職に引き合わすと共に姿を消しました。
    不思議におもわれた大聖人は、住職に当寺のご本尊を聞くと「毘沙門天である。」との答えでした。
    大聖人は「毘沙門天一童子に変じてのご供養」と報恩読誦をされました。
    法華経の教えに感銘を受けた住職は、その夜、土地の郷士 北浦忠吾・忠内兄弟を招き、大聖人に教えを請い両人と共に改宗しました。

  • 縁起

    北浦忠吾・忠内こそ、日蓮大聖人四大法難小松原法難で、地頭 東條景信の毒刀より大聖人をお救いした方々です。

    「毘沙門天一童子に変じ大聖人お出迎えの縁」により、毘沙門天の別名『多聞天』の御名を賜り、寺号を『多聞寺』と改称し今にいたります。

  • ■毘沙門天大祭並びに星祭り

    毘沙門天大祭並びに星祭り




    日蓮大聖人御出迎え毘沙門天 多聞寺寺号の由来。

    毘沙門天のご縁日 寅月(2月)におこなう法要です。
    毘沙門天は、古来インドで『財宝の神』と信仰されていました。
    日本に伝わり、源義経・上杉謙信等多くの武将に『軍神』として祀られ、『必勝・開運勝利』のご利益を授けられると信仰されました。
    大祭では、日蓮宗大荒行堂を成満された荒行僧にご法助をたまわり、特別祈祷をお勤めし、祈願札、星祭りお守を授与します。

    ※詳細・申し込み希望の方はこちらにてご一報ください。

  • 毘沙門天

    四天王北方の守護神。福徳をさずける七福神の1つ。軍神として戦国武将の信仰を集める開運勝利の神。
    商賣繁昌 開運勝利  當病平愈

  • ■安房七福神

    毘沙門天大祭並びに星祭り



    七福神はその名のとおり福の神の集りです。
    室町時代末期頃から信仰されるようになり、それぞれが大変ご利益のある神様ですので、日本文化に深く根付き『七福神巡り』は新年の風物詩になっています。

    『安房七福神巡り』は海あり山ありと自然あふれる小旅行。
    南房総の景勝地を巡りながらのご参拝お待ちしてます。

    所要時間は(車にて)6時間程度です。

  • 多聞寺では「安房七福神色紙」を販売してます。 安房七福神色紙 1,500円
    @多聞寺ご朱印料含みます

恵比須 妙の浦 恵比須堂 鴨川市小湊183-8
TEL:04-7095-2318
布袋尊 清澄寺 鴨川市清澄322
TEL:04-7094-0525
毘沙門天 多聞寺 鴨川市浜荻1145
TEL:04-7094-0341
弁財天 厳島神社 鴨川市磯村83-2
TEL:04-7093-2111
※鴨川漁港にお問い合わせください。
(1月15日開帳)
寿老人 仁右衛門島 鴨川市太海浜445
TEL:04-7092-3456
※島へ渡るため乗船料が必要
大黒天 真野寺 南房総市丸山町久保587
TEL:0470-46-2590
福禄寿 白浜海洋博物館 南房総市白浜町白浜628-1
TEL:0470-38-4551
  • ■姥が池~御洗創井戸

    姥が池~御洗創井戸


    房総一帯で疫病(せきの病)が流行し、北浦忠吾・忠内は、大聖人に疫病平愈を嘆願しました。
    大聖人は、忠吾・忠内館敷地内の姥が池のほとりに祀られる姥神をせき止めの守護神とし、疫病平癒を祈念しました。
    大聖人は姥が池に、せき止めのお経を記した経石を沈め、「せきの病に悩む人に池の水を与えよ。」と仰せになりました。
    その後、病者がこの水を服すと、霊験あらたかに病は治りました。
    当寺の日蓮大聖人は『万病平癒の祖師』と信仰されます。

    文永元年11月11日小松原法難の砌、北浦忠吾・忠内は、天津城主 工藤吉隆公に随従し小松原に馳せ参じ、大聖人を守護し、難を避け、館にてかくまいました。大聖人は、御難で受けた眉間の御創を姥が池にて洗い、応急の手当てをしました。
    明応の大津波により姥が池は土砂にうもれ井戸に改修しました。

  • ■正行院殿日定大姉(西郷家員室)墓塔

    正行院殿日定大姉(西郷家員室)墓塔

    当寺の位牌、過去帳に『正行院殿日定大姉』とあり、正行院は東条藩初代藩主西郷正員の父、家員の室です。

    西郷氏は下総生実(千葉市)で5千石を知行する旗本でしたが、里見氏所領没収後の元和6年(1620)9月、安房東条1万石の大名となりました。
    藩主正員の叔母は徳川家康の側室となり、2代将軍秀忠の生母、西郷の局です。
    墓塔基礎部に元和4年(1618)2月13日と刻まれてあり、正行院の没年です。3回忌を迎えた翌々年の元和6年、入封して間もないころの造塔といわれます。
    宝篋印塔で、隅飾りには西郷氏の家紋「丸に作鷹羽(一本矢)」が記されてます。

  • 筆子塚

    ■筆子塚

    筆子塚とは、江戸時代に庶民の教育機関であった寺子屋で、教えをいただいた師匠が亡くなったとき、教え子が師匠の遺徳を偲んで建てた供養塔です。

    使えなくなった筆に感謝をこめ、その筆をおさめた塚もあるそうです。
    当寺は、地域の子供達を育み、読み書きを学ぶ場としてだけではなく、「師弟関係の忠義心」「物に感謝をする心」を養う、「こころの学び舎」として、重要な役割を果たしていたのではとおもわせます。

■年中行事

1月 3日 新春初祈祷
1月20日~2月3日 寒行
2月 寅日 毘沙門天大祭並びに星祭り
3月 中日 春季彼岸会
4月 8日 釈尊降誕会(花まつり)
8月16日 盂蘭盆施餓鬼会
9月 中日 秋季彼岸会
11月14日 日蓮大聖人報恩お会式
12月31日 除夜の鐘

■月例行事

三日講 毎月 3日   PM2:00
・倶生霊神のお守りを授与します。
お経練習 毎月15日   PM7:30
月例施餓鬼会 毎月 第4 日曜日 PM2:00
・2月・11月は他行事に代えさせていただきます。
お悩み相談鑑定のもと、回向・祈願をおこないます。
ヨガ教室 毎月 第2 第4 月曜日 PM7:30
※月例行事は諸事情により期日が変更する場合がございます。